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最高にロックな虚弱生活

精神も身体も最弱。常にどこか患っている。でも最高にロックに生きていようと思います。

書いてる途中で消える記事ってなんなん?

書くのは二度目である。

先程目を離したすきに記事が消えた。シンプルに切れた。でも書き残しておきたいと思ったので書く。

ほどよく眠くて、布団に転がっている時間は間違いなく幸福だ。幸福とは何ぞやと哲学を始めがちなお年頃でも、これだけは確実に言える。だから寝ることは好きだ。

昨日見た夢をたまたま覚えている。本棚がたくさんある書庫のようなところで、背帯に隠されている百円玉をひたすら探している夢だ。

本棚にたくさん本がある夢は、本来知識量の豊富さを表しているらしいが、多分それではないなと思った。

そして、 準備が整っている というのが一番今の状況に近い意味だなと結論づけた。

そして小銭を拾う、探す夢は寂しさや孤独を暗示しているらしかった。愛されることへの自信のなさの現れらしい。なるほどよくわかっているじゃないか。

その前に見た印象的な夢が、改札を通る夢だ。

これは人生の転機という意味らしい。さぁどう変わるんだろうなと思ってはいたが、今もし私が変わったとしたらそれは価値観である。

価値観がやや変わった。

価値観というものは滅多に変わるものではない、と私は思う。何しろ自分の基盤なのだから。

変わるときは、何かしら自分に尋常でないことが起こったときだと感じる。

先日職場で、ミスをした。大きなミスだった。昨日出勤したらそんなにおおごとではなかったけれども私にとってはメンブレするようなことだった。

原因はもちろん私にあるけれども、社員に何度も確認したのに大丈夫だと言われたからやったのに、大丈夫でなかったことだ。

大丈夫だって言ったじゃないか、と怒られながら思った。もう格下だと思ったら偉い立場の人間だろうと信じるのはやめようと思った。

その前に価値観が変わったのはもう1年以上前の話だ。他人のために無駄に労力を使うのをやめようと思ったのだ。これだけ労力を使ったのに返ってきたことが理不尽で、わたしはもう大切な人以外に労力は使わないと決めた。その前はなんだったかな。たぶん、もう二年弱前の。ドタキャンする人間は無理だ、ということ。

それはまあどうでもよくて。

また価値観が変わった。昨日。

愛は好きであるだけでは成り立たない。

当たり前だ。本当に当たり前なことだけれど、私はわかってなかったんだ。

気持ちさえあれば熱意さえあれば話し合ってうまくやっていけるときっと信じていた。でも無理なものは無理なのだ。

だって自分が二人いるわけではないから。どこまでいっても自分とは違う人間だ。

家族ですら干渉しすぎれば鬱陶しくなる。一人になりたくなる。違う人間だから、距離があるし距離がいる。

近すぎてはだめだ。

いつまで続くかわからないのだ、愛は。ずっと好きだずっと一緒だなんてほざいてみても、それが終わるのは一瞬だ。本当に一瞬。きっと笑ってしまうくらい。

好きだからずっと一緒にいれるわけではない。

唯一無二だこの人以外ありえない、なんてことはない。ただタイミングが合っただけだ。

縋り付くのはやめることにした。

大切であることには変わりはない。けれど、近すぎて違う人間であることを、他人であることを忘れてしまってはだめだ。

愛を続けるには、意志がいる。ちょっと力加減を間違えるだけですぐエゴになってしまう。かと言って離れすぎてもうまくいかない。難しい。

いつまで続くかはわからない。未知だ。もうすぐおわってしまうのかもしれない。

でも、それならそれでいい。続いてもいい。終わってもいい。

今この瞬間が大切なものになっていけばいい。今を噛みしめられるようになりたい。

願わくば少しでも長く。優しく存在していけばいい。

それがなくなるのは寂しいし、きっとたくさんまた自分が壊れてしまうんだろうと思う。でも、また大切に作り直せると信じてみてもいい。

自分のためになる選択をするために、言動に責任を持たなきゃいけないんだろうなぁ…

どうなるかはわからないな。現実主義になったようだ。影響されたのかな。不変も永遠もないのだ。不確定なことが多くても、自分と自分の信じたものを信じよう。受け売り。